Library Compass 第9回
公共図書館のコミュニティづくり

永田 治樹

◆三条市の図書館 まちやま
図1 まちやまの外観

新潟県三条市が図書館の建替えを機に,人々の交流施設「ステージえんがわ」,サイエンスラボやサイエンスホールを擁する「科学教育センター」,「鍛冶ミュージアム」などを合わせた図書館等複合施設を2022年7月に開館した。人々のつながり合いを促す場,隈研吾の木の板(ルーパー)で設えた「まちやま」(まちのなかにある,豊富な知識のつまった山のような建築。地上3階建て,ホールを合わせて延床面積5,112㎡)である(図1)。そして,開館前からあたためていた「まちやま道具箱」というサービスをこの6月に始めた。市民の支持が寄せられ,地域のマスコミがこぞってとりあげ,国立国会図書館のカレントアウェアネスにも早い段階でこれが掲載された1

道具・工具をとりそろえ,市民に無料で貸出すという道具図書館(Tool Library:Tool Lending Library)サービスである。サイエンス・ニューズ(Science News)誌のEncyclopedia, Science News & Research Reviewsによると,「道具図書館とはモノの図書館(library of things)の一つで,道具や機器,ハウツー資料を人々が借り出すことができ,有料レンタルショップとして機能する,あるいはコミュニティ共有の一形態として通常は無料で機能する」2ものと定義されている。


◆道具図書館の発生と拡大

上述の事典には,その歴史が綴ってある。知られている最初の工具貸出図書館は1943年にミシガン州グロスポイントのロータリークラブが設置したものだという。1976年にはオハイオ州コロンバスにも市によって道具図書館が設置された(現在では,非営利団体ModCon3が運営)。1970年代から80年代にかけての,以下で触れるカリフォルニア州バークレーのものを含んで,道具図書館の「第一世代」である。

世紀を跨ぎ,2009年になるとワシントン州で,「持続可能な都市生活」を目指し,「地元の地下室やガレージでほこりをかぶっているだけの工具をいくつか集めて,近所の人が簡単に使えるように」4と,西シアトル道具図書館が活動を始めた。ポピュラー・メカニックス(Popular Mechanics)誌5がこの活動に注目し,世界を変えることができるトップ10の一つの方法だと高く評価した。これに連動して,シェア・スターター(Share Starter)という団体6が道具図書館を始める活動を支援するサイトをつくり,スターターキットなどのノウハウを掲載した。設置されたものは,会費やレンタル料を課している場合が多いが,こうした試みは高く評価されて,米国だけではなくカナダ,メキシコ,英国や欧州諸国,イスラエル,ガーナなど,現在世界には少なくとも数百の道具図書館が存在する7


◆公共図書館と結びついた道具図書館

米国では,道具図書館は「コミュニティ開発のための連邦助成金CDBG:Community Development Block Grant Programs)」によりに始められた例が多く,そしてそのまま非営利の組織で現在も活動を続けているものもある。他方,バークレー公共図書館のように,図書館が道具貸出サービスを組み込んだ事例もある8

バークレーのケースで興味深いのはその展開の経緯で,1979年に連邦助成金を獲得して始めたから助成金のしばりにより,最初は低収入の利用者には無料で,その他の人々には一定の額の利用料を課していた。しかし,1988年に図書館区の住民投票により9,このサービスを固有の図書館サービスに位置づけ,だれもが無料でサービスを受けられるものとした。2012年から3500以上の種類を扱っており,2019年には開館時間を拡大し,今では週6日開館するとともに,ガーデニング,家のメンテナンス,その他のDIYなどに関するワークショップも頻繁に開催している。

すでに半世紀ほど続いているバークレー公共図書館の道具サービスが,どのように利用されているかを,ボロース大学(スウェーデン)のヨーナス・セダーホルム(Jonas Söderholm)が調査している。2011年から2012年にかけて利用者22名に行った半構造化インタビュー10である。道具図書館を利用する人々の目的は主に,①家庭でのメンテナンス,ガーデニング,リフォームなどのためと,②職(便利屋,不動産業)や有給やボランティアの仕事として,大工仕事や配管工事などに使われるものがあがった。また,利用者が道具を購入するか借りるかの決定は,自宅などの「ストレージの容量や,費用といったいわばリソース要因と,道具の性能や使用頻度などのユーティリティ要因」を比較考量する。自分のしたいことをするのに適した道具の発見や,購入するとしたらどのような道具がよいかなどのアドバイスをえる都合のよい交流の場所にもなっているという。

この調査結果で目を引くのは,さまざまな人々が道具図書館に対する強い感謝の念を示している点である。また,セダーホルムは道具図書館が,①近所同士で生活改善を促すきっかけ,②自営業への器具の調達,そして③道具を使い技術を身につけるなどの点で,持続可能なコミュニティを支えるものだと結論づけている。


◆そしてモノの図書館

公共図書館はもともと図書や雑誌などの文字資料を扱い,その後視聴覚資料などをこれに加えた。そして近年ではこれらの伝統的資料に,さらに書画やおもちゃ・ゲームなどモノを扱うようになった。それらに道具などを合わせて,図書館のサービス資料を体系づけるとするならば,道具図書館というよりもモノの図書館と呼ぶほうが妥当かもしれない。実際,2010年代からサービスを始めた,カリフォルニア州サクラメントやオレゴン州ヒルズボロなどの公共図書館では「モノの図書館」と称し11,その範囲もDIYの道具・工具はもちろんのこと,楽器や調理器具(日本でも長野県原村の米粉ベーカリーの例がある12),あるいは種子にいたるまで広がっている。ちなみに,ここでいう「図書館」という言葉づかいは,日本語のもつ表意的な定義ではなく,英語での人々が共有できる仕掛け(ライブラリー機能)をいい,この場合は道具をはじめモノがその対象となる。

「モノの図書館」のコレクション範囲はどのようにあったらよいだろうか。DIYに使われる道具が中心となるとしても,どこまでかは必ずしも判然としているわけではない。ヒルズボロ公共図書館では,このモノの項目を選択することについては,図書館の使命に照らしつつ,次のような基準を設定している13

1)体験学習を促すもの

2)創造性と制作をサポートし,利用者が自分でできるようにするもの

3)利用者が普段は触れられないリソースへのアクセスを提供するもの

4)新たなテクノロジーやアイデアについての認識を高めるもの

5)購入者に購入を決定する前に何かを試してみる機会を提供することで,より良い情報にもとづき判断する消費者を育成し,地元企業をサポートするもの

6)共通の興味を探り,協力することでコミュニティ内のつながりを築くもの

7)図書館で新しくて刺激的なものの偶然の発見を促進するのに役立つもの

モノの図書館のねらいをどこにおくか,また実際どのように運用し,有用性を発揮させるかを考える上で,この基準はヒントになろう。

図2 サンタバーバラ公共図書館のモノの図書館(ウェブ画面)

画面は,サンタバーバラ公共図書館のサービス表示の部分である(図2)14。道具もあれば,キッチン用具やミシンなど家庭で使う器具,楽器,オーディオ機器,おもちゃ,ゲーム,自転車や望遠鏡,電子機器など,さまざまである。なお,これらのサービスを探索しようとする場合,通常のOPACにこんなイメージのインデックスがあれば,分かりやすい。

◆コミュニティへの接近と持続可能性への観点

モノの図書館のサービスは,図書資料を提供する伝統的サービスとはかなり様相が異なる。とはいえ,人々の知を育み広げる役割を同じように果たす要素もある。上記の選択基準には「より良い情報にもとづき判断する消費者を育成」するとある。また道具を使いものをつくるという実践では,もちろん認知能力が磨き上げられる。そして,このことは図書館のなかに創造性を持ち込み,かつSTEM(科学・技術・工学・数学)に力を注ぐことで国際競争力のある人材を育てようとするメーカースペース・ムーブメントと同じ課題をカバーする。実際,道具図書館で催されるワークショップなどは,メーカースペースサービスの一環であろう。

そのうえ,例えば,利用者に必要なものを尋ねたり,使わなくなったものを寄贈するという申出を上述の選択基準などに基づき判断し,コレクションに組み入れていくやりとりなど,モノの図書館ではコミュニティへの関与が大いに助長される。そして「人々が何か新しいことをする方法を学んだり,家や持ちものを修繕・修理したり,これまでの図書館では思いつかなかった方法で自分自身を向上させる力をこれは持っています。モノの図書館は,コミュニティへの関与と改善をもたらすための強力なツールであり,2014年に開始したときに私たちが予想していたよりもはるかに多くのことをなしえています」15とヒルズボロ公共図書館のブレンダン・ラックス(Brendan Lax)がモノの図書館の成果を述べている。

さらに「資源の消費よりも再利用を促す」道具図書館・モノの図書館は,循環経済(CS)やシェアリング・エコノミー(SE)に寄与するという利点もある。CSとは,大量生産・大量消費・大量廃棄により気候危機や生物多様性の喪失などをもたらす経済システムに代わって再利用などの循環を促すあり方で,SEは,モノや場所,スキルなどを必要な人に提供したり共有したりする経済である。両者は重なり合うところもあり,われわれの社会の持続可能性を担保する。この観点から,フィンランドのアッシカラ市においてモノの図書館をSEのプロジェクトとして実施し,道具サービスから温室効果ガス排出量削減のポジティブな評価がえられたという16


◆「コミュニティ関与の第3波」

公共図書館は,今後はモノの図書館を主軸にした運営をすればいいかといえば,そういうことではない。端的にいえば図書館の本来的な使命を改めて踏まえておかねばならない。この論議を少し深めるのに,前にあげたセダーホルムと同大学のヤン・ノリン(Jan Nolin)の公共図書館の進展に対する次の考察が参考になる17

表 公共図書館のコミュニティ関与の段階 
(Söderholm and Nolin)

「表 公共図書館のコミュニティ関与の段階」は,これまでのコミュニティ関与のステップを彼らが特徴づけたものである。第1波は,人々の識字や市民としての教養を身につけてもらうために,専ら図書などの資料提供サービスでコミュニティに関与した時期である。その後公共図書館の進展には,二つの大きな動きが関係する。一つは,第2波後急速に進展した情報のディジタル化である。それは第3波の段階で広く浸透した。もう一つは,図書館のコミュニティへの向き合い方である。公共図書館が本当の意味で市民の図書館となるためにコミュニティへのアウトリーチなどのサービス拡大を始めたのは,第2波の段階だった。また,バークレー公共図書館での道具図書館もこの時期にあたる。そして第3波では,図書館サービスのディジタル化が拡張されてどこからでも資料アクセスが可能になり,コレクションというものが図書館という場に拘束されなくなる。そのため,場としての図書館がみえにくくなった。だから,オンサイトサービスとして,さまざまなプログラムが展開され,また従来とは異なるモノの貸出などのサービスが注目されるようになって,コミュニティへの関与がたかまった。わが国の現状とは少しずれるが,およそこのような公共図書館のコミュニティ関与の段階がみられるという。

しかしながら,「図書館では本や資料は実際二の次です。最も重要な側面は人間同士の交流です」18というような,あまりにも性急な発言が出たりもしている。基本的な図書館の役割を軽視するもので,セダーホルムとノリンは,コレクションを基盤に知識を提供して,人びとの平等なウェルビーング,民主主義を追求してきたこれまでの公共図書館の立場を擁護する。公共図書館のコレクションに絡むサービスを今後どのように展開するかが問題であり,コミュニティとの関係をより密にできるとしてもモノの図書館がそれを代替できるわけではない。図書館サービスは,利用者の便宜や消費に直接的に資するものだけではないのである。


◆まちやま道具箱による広がり
図3 まちやま道具箱

まちやま道具箱では,玄能,理美容はさみ,植木・剪定はさみ,包丁,電動ドライバー,精密鋸,ピンセット,ナイフ,ペンチ・ニッパー・ラジオペンチ,鉈,鍬,鎌などを,19歳以上で図書利用カードを持っていれば1週間借り出せる。図3の棚から道具カードをとり,カウンターで手続きする。理美容はさみなどは人気でいつも貸出中のようだ。家庭での用途や日曜大工などのために大いに市民に役立っている。また生活のなかで道具に関する困りごと,要望などを聞く対話をし,上に指摘したようにコミュニティの人々との結びつきをつくっている。

このサービスプロジェクトの最大の特徴は三条市がこうした道具類の生産地であり,地元の企業や職人との連携でこのサービスが実現していることである。実はこの地でこのような連携はまちやま以前からあった。今ではその構成要素の一つになっているステージえんがわ(施設は2016年に竣工,NPO法人えんがわが2017年から活動)で培われていた。えんがわとは,もとは外出機会が少なくなりがちな高齢者が気軽に立ち寄れる場をねらったものだが,さまざまな人々の交流を支援してきたし,いわゆるメーカースペースのような催しも行われていたというから,このサービスの発想はごく自然にたどり着いたものといえよう。この道具箱の活動は,地域の人々をとりまとめ,地域産業や三条のコミュニティ全体を元気にしようというものである。

まちやまができ,市立図書館を中心にステージえんがわだけでなく,科学教育センターや鍛冶ミュージアムが加わり,さまざまなプログラムやワークショップが協力して展開されている。教員等によるSTEM教育が取り込まれる環境もあり,相乗的な効果が見込まれる。本稿では,伝統的な図書館サービスについては言及しなかったが,図書館がまちやまに移転して以降,三条市立図書館の利用は急上昇している。快適な空間と提供される資料コレクションを求め,あるいは魅力的なイベントが,多くの人々を集めている。公共図書館として,またまちやま全体として,人々の知とつながりをつくるという,その本来的な役割の推進が十分に期待できるようだ。



<参考資料・注>

1.「図書館等複合施設まちやま(新潟県)、地元で製造された道具や工具を貸し出す「まちやま道具箱」を開始」“https://current.ndl.go.jp/car/183427/”(参照2023-08-23)

2.Academic Accelerator.Tool Library:Encyclopedia,Science News & Research Reviews.“https://academic-accelerator.com/encyclopedia/tool-library”(参照2023-08-23)

3.ModCon Living Tool Libraryは,会員制で,現在4800の道具やDIYのための電動工具を提供している。“https://www.modconliving.org/toollibrary”(参照2023-08-23)

4.West Seattle Tool Library featured in August issue of Popular Mechanics.“https://www.westsideseattle.com/west-seattle-herald/2011/08/02/west-seattle-tool-library-featured-august-issue-popular-mechanics”(参照2023-08-23)

5.Popular Mechanics.“https://www.popularmechanics.com/home/”(参照2023-08-23)

6.Share Starter.“https://sharestarter.org”(参照2023-08-23)

7.6にもリストがある。また例えば“https://dictionary.sensagent.com/list%20of%20tool%20lending%20libraries/en-en/”(参照2023-08-23)

8.Berkeley Public Library. Tool lending library : a brief history.“https://www.berkeleypubliclibrary.org/locations/tool-lending-library/tool-lending-library-brief-history”(参照2023-08-23)

9.米国では,図書館区(図書館の行政単位)ごとに図書館予算,図書館評議会メンバーなどを住民の投票によって決定することがある。

10.Jonas Söderholm. Borrowing tools from the public Library. Journal of Documentation, Vol.72, No.1, 2016, p.140-150.

11.サクラメント公共図書館が言い出したように英国の非営利団体が使っていた名前だとしても。

12.「原村図書館でベーカリーを貸出中です~米粉のベーカリーでパン作りに挑戦!~」(2022年12月14日).“https://www.vill.hara.lg.jp/docs/827.html”(参照2023-08-23)

13.Brendon Lax. What Are These Things Doing in the Library? How a Library of Things Can Engage and Delight a Community. QLA Quarterly, Vol.26, No.1, 2020, p.57.

14.Santabarbara Public Library.Catalog Home. “https://catalog.sbplibrary.org/?browseCategory=santabarbara_library_of_things&subCategory=santabarbara_library_of_things_all_library_of_things
(参照2023-08-23)

15.Brendon Lax, op. cit., p.61.

16.Anna Claudelin, Kaisa Tuominen and Susanna Vanhamäki. Sustainability perspectives of the sharing economy : process of creating a library of things in Finland. Sustainability, 2022, 14(11), p.9f.“https://doi.org/10.3390/su14116627”(参照2023-08-23)

17.Jonas Söderholm and Jan Nolin. Collections Redux: The Public Library as a Place of Community Borrowing. Library Quarterly. Vol. 85, No.3, July, 2015, p.244-260.

18.Chrystie Hill. Inside, Outside, Online: Building Your Library Community. Chicago, ALA Editions, 2009, p.ix.