Library Compass 第8回
公共図書館での資料への自由なアクセス

永田 治樹

■公共図書館での資料への自由なアクセス

図書館のありようは時代によって変わる。私の子どものころの公立図書館は蔵書規模が小さく,入館手続きも煩雑なうえ,閉架のシステムで資料は手軽には利用できなかった。今ではネットワーク検索のおかげで,自宅からでも探索でき,また開架で気軽に手に取れるようになった。図書館で求める資料を入手できるかどうかは,実はさまざまな内容を含む問題だ。上述のようなコレクションの整備やサービス方式だけでなく,ときには検閲・禁書などの問題につながる。表現の自由を確保するために,公共図書館は人々のアクセスを保障しようとするが,常に万全というわけではない。最近目にした書籍から,図書館での資料への自由なアクセスを考えてみた。

最初はロシアの話題である。ロシア憲法には第29条第1項に「何人も,思想および言論の自由を有する」とあり,第5項には「大衆伝達の自由は保障される。検閲は禁止される」1 と明記されている。しかし,現在アレクセイ・ナワリヌイらの反体制的活動は容認されていないし,昨年末(2022年12月)「反LGBT法」の施行によりその種の出版物は発禁となった2。表現の自由は実質的には確保されてはいないとの報道記事も多い。図書館ではどのような状況なのだろうかと,図書館や美術館で働く女性が主人公だという書評にひかれて,ダリア・セレンコ(著)クセニヤ・チャルィエワ(絵)の『女の子たちと公的機関』(Девочки и институции, 2021)(邦訳,2023年)を手にとってみた。

本書は,小説の体裁をとっている。文化機関に雇用された彼女たちが,日々雑用をこなし,人を集める企画や内部の辻褄合わせにも協力して,うまくいけば上層部の功績となり,うまくいかなければ責任を負わされたりする。ときには当局からプーチンの写真が届けられてそれを市民が出入りする部屋すべてに掲げろといった指示が降りてくることもある。あくまでも二次的な存在の彼女たちの日常が「ドキュメンタリー的な要素と詩的な表現」3で綴られている。

“Moscow Times”(March 20, 2023)のヴァシリーサ・キリロチキナ4によると,上記の「反 LGBT 法」に関連して,村上春樹などが対象になっていたが,その撤去指示は電話か署名のないリストにより行われ,不都合な場合には図書館員の主導によるものだと言い逃れできるようにしているという。ロシアでは,国家反逆罪やスパイ罪,あるいは偽情報防止の法令によるだけでなく,狡猾に表現の自由の侵害が行われている5

もうひとつはアメリカの状況である。1982 年以来というからもう40 年以上も,アメリカ図書館協会(ALA)が毎年Banned Books Week(禁止本週間,禁書週間)を設け,図書館員,書店,出版社,ジャーナリスト,教師,読者などを集めて,表現の自由を支えていく運動を行っている。合衆国憲法修正第1条に定められた表現の自由が図書館をめぐり侵害されることが起きるからである。“The State of America's Libraries 2023”によると,2022年における検閲された図書数が2571件で,一昨年に比べ倍増しているという 6。大多数は LGBTQ+,黒人,先住民,有色人種に関わるもので,例えば,トップ3位にあげられたノーベル賞作家トニ・モリスンの“The Bluest Eye”(邦訳『青い目がほしい』)のような白人の価値観を問い質すものは不適切だとされる7

トランプ政権の誕生によりマイノリティへの攻撃が激しくなり,禁書の動きを勢いづかせたようだ。ただし,ポリティカル・コレクトネスを唱え是正を求めるリベラル側が過去の言動などを理由に該当人物を糾弾し,銅像を壊すといった動き(「キャンセルカルチャー」)が,それを煽ってしまったかもしれない8。いずれも,ソーシャルメディアを活用し,自らの陣営に正しさがあるとして相手方を徹底的に陥れる姿勢をとる。そこには対話の余地がうかがえず,社会の分極化を拡大させるだけで(そのあおりで,図書館員や教員の職務に攻撃が仕掛けられる),批判的な情報を含み込み社会を発展させていく姿勢にはない。

ロシアとアメリカの状況を図式的にみれば,一方は国家の力で,他方は政治や宗教などの市民グループの活動により当局を焚き付け,その目的を達成する。前者は一律だが,後者は地域によって差が生じる。わが国に引きつけていえば,アメリカのように宗教や政治の対立が明確なわけではないが,しかし人々の声をうかがいつつも,例えば『はだしのゲン』の場合も『絶歌』の場合も,地方公共団体が関わった。地域によって異なるという点はアメリカ的だ。意外だったのは,昨年文部科学省の「北朝鮮当局による拉致問題に関する図書等の充実に係る御協力等について」という事務連絡である。禁書ではなく充実という方向だが,国の図書館の選書行為への「介入」といえなくもない9

現代の禁書運動にしても「キャンセルカルチャー」にしても,基本的にはソーシャルメディアなど情報ネットワークによって増幅し問題化している。しかし,ウェブ社会になっているにもかかわらず,禁書として限られた地域での差し止めが提起される。これに対して,例えばニューヨークのブルックリン公共図書館では,禁書となった書籍を州内外の利用者のスマホなどに提供するサービスを行っている10。このような表現の自由の確保,読者支援もある。



<参考資料・注>

1.オリガ・ベロスルドヴァ「ロシア憲法(2020 年改正後 ・日本語訳)」“https://olga.tokyo/ロシア憲法(2020 年改正後・仮日本語訳)/”,(参照2023-05-17).

2.「『反LGBT法』ロシアで成立へ 報道や映画、ほぼ全面禁止の恐れ」(『朝日新聞』2022年10月27日)“https://www.asahi.com/articles/ASQBW6SJZQBWUHBI02R.html”,(参照2023-05-17).,
および小泉悠「立法情報:【ロシア】ゲイ・プロパガンダ禁止法の成立」『外国の立法』(2013.8)“https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8262622_po_02560207.pdf?contentNo=1”,(参照2023-5-17)

3.高橋聡子「訳者まえがき」『女の子たちと公的機関』エトセトラブックス,2023, p.3.

4.Vasilisa Kirilochkina, Books Removed and Movies Banned Under Russia’s ‘LGBT Propaganda’ Law. The Moscow Times“https://www.themoscowtimes.com/2023/03/15/books-removed-and-movies-banned-under-russias-lgbt-propaganda-law-a80444”,(参照2023-05-17)

5.ちなみに筆者はクリミア併合の数年後 2019 年夏にサンクトペテルブルグのマヤコフスキー記念市立中央公共図書館を訪れた。執務中の司書から財政的な訴えはうかがえたが,それ以上の状況を推し量ることはできなかった。

6.American Library Association. The State of America's Libraries,2023 “https://www.ala.org/news/sites/ala.org.news/files/content/state-of-americas-libraries-report-2023-web-version.pdf”,(参照2023-05-17).

7.Deborah Caldwell-Stone, 2022; a year of unprecedented challenges,op.cit, p.4-5.

8.「『キャンセルカルチャー』が流布する理由 米国社会の分断を読み解く」(『朝日新聞』2022年10月21日(前嶋和弘へのインタビュー記事))“https://www.asahi.com/articles/ASQBN5195QBJUHBI035.html”(参照2023-05-17).

9.文部科学省からの拉致問題に関する図書充実の協力等の要請について:公益社団法人日本図書館協会の意見表明.“https://www.jla.or.jp/demand/tabid/78/Default.aspx?itemid=6548”,(参照2023-05-17).

10.Read whatever you want ; Brooklyn Public Library's Books Unbanned. Public Libraries, 2023, p.20-28.