Library Compass 第3回
「情報の砂漠」と図書館の役割

■情報ネットワーク社会のなかの「情報の砂漠」

『情報通信白書』(総務省)などでみられるように,社会に情報ネットワークが定着し,人々がやりとりする情報は指数関数的に増大をしている。その実,受け止められない情報が溢れ,情報過多の状況にあるといえるかもしれない。他方,「情報の砂漠(information deserts)」も目に留まるようになった。

その一例には,昨今新聞などで頻繁に取り上げられるようになった「報道砂漠」とか「ニュースの砂漠」がある。米国では2004 年以来4 分の1にあたる2100 もの地方新聞が廃刊され,現在では全国3143 郡(カウンティ等の単位)のうち,200 以上の郡には新聞が存在せず,また存在する郡でも半分は1 紙しかなく,3分の2には日刊紙あるいはそれに代わるものがない状態になって,情報が適切に入手・活用できない地域が出現しているという1

情報の砂漠2とは,これら報道情報の分野だけのものではなく,情報資源にアクセスができない,図書館のない地域,あるいは情報が日常的に取得できない人々,今ではインターネットへのアクセス手段をもたない人々や情報リテラシーが十分でない人々などが置かれた状況を指す。そして多くの場合,経済的に停滞した地域やさまざまな不利を被っている人々がこうした事態に陥っているといえる。誰もが必要な情報を利用できるという民主主義社会の原則を確保するためにこうした状況を打開する必要があり,公共図書館はそのための重要な役割を果たすはずだと,私たちは考えてきた。

■「小さな町のニュースを生き返らせる米国公共図書館」

昨年の当所のシンポジウム(「図書館とポスト真実」)で,登壇者の伊藤智永さんが,潰れていく地方新聞の代わりに地域のニュースを発掘する拠点として活動する米国公共図書館についての報道3に言及され,同様の趣旨の記事が「アトランティック」誌にも出ていたのを思い出した。地元の報道機関が消失している状況で,図書館員やボランティアが地域の情報を確保し共有している事例とともに「地域情報とコミュニティ支援を展開する図書館には,メールによるニューズレターなどのためにコンテンツをつくったり選んだりする図書館員が必要となる」との報告(「小さな町のニュースを生き返らせる図書館」)4 である。これも,米国公共図書館の地域への積極的な関与を伝えたものだ。

とはいえ,わが国の場合,そのような活動を参考に,情報砂漠からの脱却を目指す図書館の活動を導きだすことができるかといえば,それほど容易ではない。まずは情報資源,そして情報機器やソーシャル・メディアなど必要な道具を取り揃える必要がある。しかしそこまではよいとしても,図書館を通じた情報利用に馴染んでこなかった人にとっては,それで十分な解決にはならない。この部分は,情報利用のリテラシー支援に関係する。

■情報リテラシーへの対応

容易ではないといった理由には二つある。第一は,わが国の公共図書館界が抱える問題である。私たちはモノ(図書・雑誌)をまず届けなければというあまり,利用者の情報リテラシーについてはあまり関心を向けなかった。日本図書館協会で「図書館利用教育ガイドライン」が20 年ほど前に作成されたとき,公共図書館版のみ「教育」という言葉を避けて「図書館利用支援ガイドライン」とし,現状で達成可能な目的に直し合意が得られたという5。そしてそれ以降これは手つかずのままである。今日の公共図書館が果たすべき役割からすれば,情報リテラシーへの対応は極めて不十分である。ただし,最近定着し始めたレファレンスサービスや課題解決サービスには,この実践が含まれるし,昨今のディジタルリテラシー教育(情報探索技術やソーシャル・メディアの使い方など)の動きとともに,この遅れを挽回するよい機会を与えてくれそうだ。

もう一つは,これまでの図書館の情報リテラシーの捉え方にある。それは有益ではあるとしても,図書館の使い方,資料形式の理解,そしてその延長としての情報探索技術のスキルとして定型化されたままである。しかし人々は日常,それぞれの生活環境の情報文脈ごとにさまざまな情報リテラシーを獲得し運用しているのであって6,図書館のなかだけのものではない。例えばロイド(Annemaree Lloyd)は,情報リテラシーの実践に関する消防士を対象とした探索調査から,「情報リテラシーは、(中略)一連の文脈から離れたスキルとして定義される」ものではないとし「情報リテラシーを持つ人は,職場で,あるいは地域において社会的,物理的,そして文字情報が表すさまざまな要素の混じり合った情報景観を理解し適切な情報行動を選べる」7,8という。情報リテラシーに対する考え方は現在ではこのように見直されている。公共図書館においても,人々が抱える課題(要求)や,地域にどんなことが起きているかなどを理解し,それに沿った情報リテラシー支援ができれば,図書館サービスが届かない情報の砂漠を減退させられるだろう。(永田治樹)



【参考資料・注】

1 Abernathy, Penelope Muse (2020). New deserts and ghost newspapers:Will local news survive ?. Univ. of North Carolina, Hussman School of Journalism and Media, p.11.“https://www.usnewsdeserts.com/wp-content/uploads/2020/06/2020_News_Deserts_and_Ghost_Newspapers.pdf”,(参照2021-12-28).

2 Cf. Lee, Myeong & Butler, Brian S. (2019). How are information deserts created ? : A theory of local information landscapes. Journal of the Association for InformationScience and Technology, 70(2), p.101-116. Lee らは,情報の砂漠を「情報不平等の概念空間」と規定している。

3 沢村亙. 高校生が議会の実態をあぶりだす:メディアの新たな担い手. 朝日新聞. 2021-10-20, 朝日新聞デジタル,“https://www.asahi.com/articles/ASPBH4RLYPB4UPQJ01N.html”, (参照2021-12-28).

4 米国東部のボストンで発行されている月刊雑誌。記事は,Beard, David. The Libraries Bringing Small-Town News Back to life: As local news outlets disappear in America, somelibraries are gaining new relevance. The Atlantic. 2018-01-28, “https://www.theatlantic.com/technology/archive/2018/01/libraries-local-news/551594/”, (参照2021-12-28).

5 日本図書館協会図書館利用教育委員会編. 図書館利用支援ガイドライン. 日本図書館協会,1999, p.4. “https://www.jla.or.jp/portals/0/html/cue/gl-p.pdf”, (参照2021-12-28).

6 瀬戸口誠, 公共図書館における情報リテラシー教育の意義と課題:情報アクセス保障の観点から. Journal of I-LISS Japan, 1(2), 2019, p.44.

7 Lloyd, Annemaree (2006), Information literacy landscapes:an emerging picture, Journal of Documentation, 62(5), p. 570.

8 情報景観の議論については,Savolainen, Reijo (2021). Information landscapes as contexts of information practices. Journal of Librarianship and Information Sciences, 53(4),p. 655-667.