Library Compass 第2回
図書館における「公平性」「多様性」「包摂」

■ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter)

2020年のテニス全米オープンで,大坂なおみは名前を記したマスクをして試合に現れた。彼女は決勝まで勝ち続け,7人の名前を掲げた。白人警察官の過剰な暴力などにより死亡した黒人たちの名前だ。全米に広がったBlack Lives Matter(黒人の生命を粗末にするな)運動に連帯した行動である。アメリカでは1960年代に人種差別を禁止した公民権法が成立し,教育や雇用などの分野で積極的差別解消措置(アファーマティブ・アクション)がとられた。しかし,その大学入学枠が白人差別だと訴えたバッキ裁判などによる揺り戻しや不法移民問題などによって,人種や文化の違いによる構造的な差別は解消しなかった。黒人と白人の両親をもつオバマ大統領の誕生もあったが,トランプ大統領の登場やCOVID-19パンデミックの発生により,社会の分断が深化したともいわれる。

米国図書館協会(ALA)や各図書館もBlack Lives Matterとそれに関連する問題をとりあげている。ウェブサイトに人種差別に反対する声明を掲載したり,人種に対する公平性を推進する取組を表明している図書館は多く見られる。

■公平性(Equity),多様性(Diversity),包摂(Inclusion)

そのようななか,ALAは今年2021年6月29日の年次大会で,「図書館員の倫理綱領」のこれまでの8原則(知的自由の原則,利用者の権利やプライバシーの保護,知的財産権の尊重など)に,人種的・社会的正義に対処する,次の原則を9つ目に追加する改訂を承認した。

「わたくしたちは,それぞれの人が持つ尊厳と権利を擁護する。制度的並びに個人的な先入観を認識し取り除くように取り組む。すなわち,不公平や抑圧に立ち向かい,多様性と包摂を増進し,図書館の行う啓発,アドボカシー,教育,連携,提供するサービスそして資源やスペースの提供を通じて,われわれの図書館,コミュニティ,職場,そして団体において,人種的・社会的正義を前進させる。」(仮訳)

また,同じくALAの「図書館員のコア・コンピテンス」でも,これまでのもの(専門職の基盤,技術的知識とスキルなど)に「社会正義」「公平性」「多様性」「包摂」を組み込んだ草案が公開された。図書館員のコンピテンスとして,人々が図書館を利用するのに公平なアクセスと参加が確保できるよう,図書館のコレクション,サービス,プログラムなどを創造し,サポートする力量が追加されている。

「公平性」(「公正」と訳されることもある)は「多様性」と「包摂」に比べると,日本ではあまりなじみのない概念かもしれない。ALAの用語解説によれば,「公平性」は形式的平等ではない。差異を考慮した公正なプロセスで最終的に公平な結果を確保する。一部のグループが教育や雇用の機会にアクセスする際に不利な立場にあり,多くの組織や機関から除外されている。したがって,公平性とは,不利な立場にあるグループの状況を改善することであり,またそれによって得られる社会の多様性の確保を意味する。

なお歴史的には,米国では1960年代以降,黒人市民権運動などの社会的背景のもと,社会的に不利益をこうむっている人々の多くが,そのまま図書館の未利用者であるという事実が図書館の側の責任として問題にされ,未利用者を利用者に転化していくアウトリーチ・プログラムの概念と実践活動が発達したという経緯があった。「不利益をこうむっている人々」の「発見」はその後のアメリカの公共図書館思想に大きな影響を与えているようだ。

■日本における状況

今日本の図書館において,サービス対象として在住外国人などマイノリティ住民を考慮したサービスが明確に意識され,各地で取組みが開始されたのは1980年代以降である。1986年に東京で開催されたIFLA大会で,この種のサービスの不足が指摘され,サービス発展を促す決議が行われたことが大きな契機だった。

「多文化サービス実態調査2015報告書」によると,外国語図書の収集・提供は,都道府県と東京23区のすべて,全体でも90.2%の図書館で実施され増加傾向にある。しかし,「地域の外国人ニーズが不明」「サービスエリアに外国人コミュニティがあるか否か」の質問にわからないと回答した図書館も相当数あり,多様な文化的・言語的背景を持つ職員の配置は3.6%にとどまっている。

日本の在留外国人の人口は,1990年の出入国管理及び難民認定法の改正を経て,急速に拡大してきた。昨年来のパンデミックの影響で,8年振りに減少したものの,2020年末現在でも約288万6千人,30年前の2.7倍である。今後,少子高齢化による労働人口の減少が続くなか,社会の活力を維持するには,外国からの人材の受け入れは不可欠であろう。図書館サービスもそのような変化をきちんと捉えていかねばならないだろう。そして,現在問われているのは,単に量的な拡大ではなく,公平性を通じた,つまり実質的に差別を克服し,多様性や包摂の実現をめざすかたちである。

実は公平性や多様性,包摂を確保しなければならない領域は,人種や言語・文化などの差異だけでなく,ジェンダーの問題があるし,障害者支援,そして今ではデジタル社会のもたらした人々の間のDigital Equity(デジタル公平性)確保も視野に入れなければならないだろう。すべての人々が支え合う社会を構築するために,図書館の,さまざまな「公平性」「多様性」「包摂」の取組みと積極的なアクションが必要になっている。(磯部 ゆき江)



【参考資料】

1 American Library Association. Professional Ethics.“https://www.ala.org/tools/ethics”,(参照2021-08-26).

2 America Library Association. 2021 Update to ALA's Core Competences of Librarianship.”https://www.ala.org/educationcareers/2021-update-alas-core-competences-librarianship”,(参照2021-08-26).

3 American Library Association. ODLOS Glossary of Terms.“https://www.ala.org/aboutala/odlos-glossary-terms”,(参照2021-08-26).

4 南川文里『未完の多文化主義;アメリカにおける人種,国家,多様性』東大出版会,2021.

5 永田治樹『図書館制度・経営論』日本図書館協会, 2016.

6 日本図書館協会多文化サービス委員会 『多文化サービス実態調査2015報告書』 日本図書館協会, 2017.