(株)未来の図書館 研究所

動向レポート Vol.2
未来の図書館のエコシステム

変わりゆく公共図書館

近年,公共図書館が各地で様相を大きく変え始めた。目新しい工夫がマスメディアに取り上げられ,人々の図書館への関心は以前より高くなったようだ。なかには,議論が沸騰し,新図書館建設計画の是非について住民投票に至ったケースもある。ただし,あちこちで話題となった論点が,公共図書館が抱える課題を包括的にとらえた問題設定になっているわけではない。人々の知識や情報を支える社会基盤としての公共図書館は,かなり複雑多岐にわたる問題に関わるものである。

状況の大きな流れをみても,これまで図書館が扱ってきた紙の図書・雑誌の,情報伝達媒体としての重みが変わってきている。急速に進展した情報のデジタル化により,通信路を介してコンテンツが提供されるようになって,インターネットに接続したパソコン,タブレット,スマートフォンなどから,人々は必要な情報を簡便,迅速に入手している。このような状況にあって,公共図書館は新たな情報サービスを展開し,デジタル・デバイド(情報格差)を解消する必要がある。実際,欧米の公共図書館では,いち早く電子的図書館サービス(情報デバイス提供及びネットワーク接続のサービス,データベースサービス,電子書籍サービス)が着手され,それにより多様な情報提供や読書機会を拡充している。残念ながら,わが国の公共図書館では,この領域のサービスはまだ未成熟である。

また,経済社会の進展が情報化や産業構造の再編だけでなく,われわれのコミュニティのあり方にも変化をもたらした。住民構成は多様化し,人と人との相互のつながり方も変わった。社会機関としての公共図書館は,単に地域の読書施設であるだけでなく,コミュニティ開発のための情報拠点であり,人々がつながり合うための施設として強く意識され始めている。わが国でも,地域の交流の場,まちづくりの核として位置づけられる図書館が昨今増えてきている。

こうした試みが,これからの図書館を構成していくための手がかりとなるだろう。ただし,一時的な評判によるのでは方向を見誤る。これからの図書館の議論には,さまざまな課題の意味をきちんと咀嚼して,公共図書館を取り巻く社会変化に沿って図書館を構想する必要がある。この動向レポートでは,そうした事例,Arup (アラップ社)のレポート『未来の図書館』1に描かれた「未来の図書館のエコシステム」を紹介する。

Arupレポート『未来の図書館』

世界的には現在ルネサンス期にあるといってもいいほど,各地に新しい図書館が誕生し,人々の学習,生活,娯楽などに多様なサービス体験を提供するものとして,図書館は再び高く評価されている。しかし,現状は必ずしも楽観的なものというわけではない。深刻な財源不足だけでなく,近い将来に予見される問題が多々存在する。それらをきちんと見据え,今後の図書館のあり方を検討する必要がある。

エンジニアリング・コンサルタントとして有名なArupが,図書館分野をはじめとする多様な専門家を交えたワークショップを,2015年3月に4都市(ロンドン,メルボルン,サンフランシスコ,シドニー)で開催し,そこで議論された図書館利用者の受けとめ方やケーススタディの分析をもとに,2025年の図書館が対応する課題やその方策を「未来の図書館のエコシステム」としてとりまとめた。

ちなみにエコシステムとは,元来生物とその生息環境とを取りまとめる概念だが,昨今とくに情報通信産業などの分野において,さまざまな事業体が相互に共存共栄していく新しい仕組みを示す全体像として使われる。ただし,ここでは,未来の図書館の構成要素を関連づけたようなエコシステムが描かれているわけではなく,今後図書館がかかえる主要課題と,他のプレーヤーとの連携による解決などを示唆しているものである。

未来の図書館エコシステム

未来の図書館に想定される主たる役割領域は,図1の四つである。それぞれ領域には,スペースつまり物理的な要素,オペレーションつまり図書館運営の展開,および利用者の体験という観点で識別した,課題や方策がアイコンと名辞で表示される。4領域はベン図のように重なり合っている。

領域1.人々の参加により知識を確保する

ほとんどの図書館では,財源の先細り,つまり公的財源の削減が続いている。知識や情報を保存し伝えるという使命を果たすのに,人々の参加による方策が推し進められることになる。

すでに,民間セクターによる公共図書館の運営などが行われているし,所得に応じた利用登録料(わが国にはない)の設定やクラフドファンディングで資金が確保されてもいる。また,ボランティアの導入,さらには価値のある情報のクラウドソーシング,あるいは情報の再活用の方策も視野に入る。もちろん,人々の平等な情報アクセスという原則を確保しつつ,財源不足を補完するのである。

また,情報化の進展にはデータの崩壊(data decay; bit rot, software rot),つまりデジタル媒体の陳腐化,あるいはソフトウェアの陳腐化が付随するから,情報資源の蓄積にはそうしたリスクを考慮しておかねばならない。

この領域には,スペースのアイコンが一つあるほか,他はすべてオペレーションのアイコンである。公共図書館はコミュニティや各種の団体等と協働して,戦略的計画を作成し,上述したような種々のオペレーションに取り組むことになる。そのためには,図書館が提供する価値を立証し,図書館の計画を人々に周知し,かつ多くの支援を得る必要がある。

図1 未来の図書館のエコシステム(Adapted from Arup)

領域2.協働と意思決定を可能にする

知識社会において,新たな価値は,情報を活用し他の人々との協働でつくられる。したがって,図書館には,物理的情報・デジタル情報へのアクセスだけでなく,人々の協働するためのスペースが求められるようになる。

デジタル化により,アクセスできる情報は大幅に増加した。他方,アクセス制限は極めて容易になり,利用ライセンスなどが課せられる場合もある。図書館は,著作権法制に通暁して,広汎な情報の確保に努めなければならない。同時に,情報過多が生じるなかで,どの情報に価値があるのかを判断し,人々の意思決定を支援する働きをしなくてはならない。

協働のためのスペースに関しては,快適さをめざすためにときにはおしゃれな外見や,より柔軟なスペース利用を可能にするためにスマートシステムやロボティックスの活用が求められるようになる。新しい知識を生みだす場として図書館は,人々の生活やビジネスに適合した情報サービスと環境を備える。

領域3.コミュニティのウェルビーイングを確保する

「図書館は基本的にアクセスの平等性,読書,そして情報と学習を保証するものであり」(Ciara Eastell),「図書館が開館したというのは,民主主義が受け入れられたのだ」(Bill Moyers)といわれる。図書館の目的は,個々人への支援であると同時に,人々を支える健全なコミュニティの維持にある。

知識は富をなす源泉であり,コミュニティの繁栄への途となるものである。誰もが知識へのアクセスができなくてはならない。現在では「フィルターバブル」(インターネット検索サイトが利用者の情報に基づき勝手に検索結果を歪めること)といったものも出現している。それに惑わされない,自由で真正な利用体験が必要である。

今後の社会変動を想定して,人口移入のある都市化地域には,新しいビジネスなどを創造するためのスペースを併置するような大きな知識センターを設置し,一方孤立した地域のコミュニティの図書館には文化サービスや社会サービスを統合したものが設置されるようになる。いずれにしても,それぞれのコミュニティではどのような問題が重大かを探り,ローカリズムを尊重し,諸問題にあたるコミュニティ・コミットメントが求められる。

領域4.途切れない学習体験を実現する

社会の発展や技術の進展が学習のあり方を変えた。人々の学習は日常的に行われることも,フォーマルなもの(学校など)に参加する形で行われることもある。仕事や日常生活に組み込まれる生涯学習に,情報の活用は不可欠だから,図書館は人々の学習機会に広く関わる。

これからの学習体験の趨勢は,ゲームベースの学習,シミュレーション,あるいは仮想3Dを使ってのいわば「没頭できる学習体験」や,教育機関がつくったEラーニングなどを使ったものとなる。図書館はそれらを推進することになろう。

モーバイル機器を使うライフスタイルは,職場という境界をあいまいにし,情報へのアクセス場所を多様化する。場所を固定しない,多様な労働様態が普及してゆこう。また。拡張現実のようなソフトウェア,スマホやタブレットなどのスマートデバイス,スマートサーフェス(多機能・高性能表面素材)などが使われるようになり,図書館もその影響を強く受けることになる。

未来の図書館の設計:戦略的選択

図2 未来の図書館の戦略的選択

以上がArupの未来の図書館のエコシステムの概要である。このうち,領域1(人々の参加により知識を確保する)や,領域4(途切れない学習体験を実現する)は,これまで馴染んできたサービス方向であり,より受けとめやすい。そこで示される進展や問題状況も想定できる。しかし,領域2(協働と意思決定を可能にする)と領域3(コミュニティのウェルビーイングを確保する)については,わが国の場合この領域のサービス展開はこれまで低調であった。

図書館の役割は基本的には変化がない。しかし,そのあり方については,ときどきの状況によって揺らぐ。例えば,米国図書館協会(ALA)が2011年に作成した政策文書『未来に立ち向かう:21世紀の公共図書館の戦略ビジョン』2では,未来への戦略的選択として,四つの軸(①完全に物理的図書館⇔完全に仮想図書館,②個人フォーカス図書館⇔コミュニティフォーカス図書館,③コレクション図書館⇔創造図書館,④ポータル図書館⇔アーカイブ)を提示し,今後対置された極のどちらかを指向するかの判断が迫られるという(図2参照)。

図2の最上段の①は,以前は図書・雑誌を中心にした物理的な図書館だけであったが,今ではデジタル資料の出現で仮想図書館ができ,生じた軸である。また,④の軸は,図書館は本来資料を保存するものだというアーカイブ図書館と,図書館ネットワークなどの発展により生じたポータル図書館(どのような情報資源にも誘導する玄関のような役割を果たす図書館)の二極によるものである。

ところで,「未来の図書館のエコシステム」における領域2(協働と意思決定を可能にする)と領域3(コミュニティのウェルビーイングを確保する)については,この「未来の図書館の戦略選択」と対比してみると理解しやすい。すなわち,領域2は,③のコレクション図書館⇔創造図書館の軸,領域3は,②の個人フォーカス⇔コミュニティフォーカスの軸,とである。

③のコレクション図書館とは,もともとの図書館が目指したもので,利用者はコレクションを使って知識を得たり,芸術を鑑賞したりする。一方,創造図書館は,集められたコレクションから情報,知識,娯楽を獲得するだけではなく,それを活用してなんらかの新たなものを「つくる」ための場である。この図書館では,新しい作品をつくったり課題を解決したりするための各種の機器・道具なども備えられ,図書館員は,助言者,ファシリテーターとしての役割を果たすことになる。この設定は,領域2(協働と意志決定を可能にする)に含まれる展開である。

また,②の個人フォーカス図書館は,個人または少人数のグループの利用者のニーズに注力する図書館である。一方,コミュニティフォーカス図書館は,地元のコミュニティのニーズや機会づくりを支援しようとする図書館である。地域活動の拠点となるべく集会室,事務室,講堂,それに共用して使う備品を用意するのはそのためである。また,地域の人々が必要な情報(ライセンスを獲得した有料サイト,あるいは自治体などの地域情報)を,ウェブサイトやSNSを介して提供する。こうした活動の一部は,地域社会の変化により衰退してしまった他の機能(例えば,地域新聞)を代替するものでもある。この新たな極への接近は,領域3(コミュニティのウェルビーイングの確保する)の役割に重なる。

むすび

わが国の図書館の現状は,ALAによる戦略的選択の軸に位置づけてみると,物理的な図書館,個人フォーカス図書館,コレクション図書館,アーカイブ図書館という極に近いところにある。また,これまで図書館は,情報資源管理を主たる任務とする①や④の軸をより意識している。

さて,今後①や④の軸については,情報化の進展により仮想図書館やポータル図書館の極により近い位置をとるようになろう。一方②や③の軸に関しても,状況の変化を読み取る必要がある。例えば,商用の情報デリバリーサービス(例:オンライン書店)が発展したことを取り上げてみても,これまでと同様にコレクションと個人にフォーカスしたサービス形態を維持してゆくだけでは,図書館サービスの優位性は危うくなってゆく。

Arupの公共図書館の未来のエコシステムでは,公平な情報アクセスサービスや学習支援(領域1と2)と並んで,領域2と3が提示された。そして,コミュニティに置かれた社会基盤として,現状を踏まえてみると,後者はこれまで以上に注力する必要性があるだろう。実は,公共図書館が則るべき『図書館の設置及び運営上の望ましい基準』には「地域の課題に対応したサービス」の規定が入っている。わが国でもこの面で少しずつ見直しが始まっている。ただし,欧米の事例など比べると未だ萌芽的であり,今後への道筋が明確になっているといい難い。

冒頭に述べたように,今後の図書館像を構想するためには,そのあり方全体を見極めることが重要である。ここに引いたArupの図書館のエコシステムの事例は,これからの図書館のあり方を包括的に追究し,かつ種々の問題を指摘している。われわれの今後を考える際,この文書は,示唆に富んでいる。

末尾ではあるが,この稿の翻案図の掲載を快諾してくれたArupに謝意を述べたい。

2017-03-14 永田 治樹



1 Future Libraries:Workshops Summary and Emerging Insights. Workshops Summary and Emerging Insights / Elisa Magnini et al. London : Arup, 2015.
http://publications.arup.com/publications/f/future_libraries

2 Roger E. Levien. Confronting the Future : Strategic Vision for the 21st Century Public Library. ALA office for Information Technology Policy. Policy Brief No.4. Chicago, ALA, 2011. http://www.ala.org/offices/sites/ala.org.offices/files/content/oitp/publications/policybriefs/confronting_the_futu.pdf